2011年7月1日金曜日

no.8 Bamboo Rod Days





10 days 更新、一日遅れてごめんなさい。







TV撮影とバンブーロッドデイのアメリカ旅から帰ってきました。充実した旅でした。
物凄くエキサイティングな旅でした。

まだ今日もアメリカの興奮が続いています。何よりもこの幸せは、私の人生にも大きなダメージを与えた大震災の後、考えて、考えて、考え抜いた結果日本人として少し無理して起こしたアクションから始まった話です。起こしたアクションが良い答えと物語をを導き出すと言う典型の旅。又“セレンディぴティ”偶然の中から幸せを見つけ出す才能 の連続する幸せ旅でした。

まずは全米のトップビルダー達が集まった6月19日20日の第4回のBAMBOO ROD DAY。大いに刺激的なイヴェントでした。
私は以前から、他人のロッドに余り興味がありませんでした。
昔の名竿と言われるものも、雑誌連中が取り上げるビルダー達にもやはり関心はありませんでした。今回のバンブーロッドデイでも第2世代と言われアメリカで名前の出ているらしい人達がずらり出席していましたが殆ど名前も顔も知りませんでした。唯一知っていたのはペア・ブランディン。誰もが認めるTOPビルダー。やはりペアのロッドの1本は只者ではなく別格でした。抜けがよく、余分なパワーが無く、手に持っていることを感じさせない“凄い!!”の一言のロッドでした。30年前師匠の三田氏のミツダロッドを最初に持った時に寒気を感じたのと同じ状態を思い起こさせました。

ペアも私の7’6”#4籐巻きグリップの鱒王を振って唇に指を添え投げキッス、“エクセレント”の一言、1日目の講演の中でも、わざわざアキマルのロッドを名指しし、
「アキマルロッドのように手に持っていることを感じさせないロッドこそが良いのだ」とベタ褒めしていました。私のお気に入り7’9”#4 84gのッフェザーウエイトWATAKE/ヘンリーズフォークスペシャルも絶賛されました。


2日目会場にアキマルロッドのマテリアル日本竹のWATAKEを持って行きました。
これを会場で披露すれば全員賞賛するという確信のもと、皆に見せた所、これまた多くの人達が食い付きました。PMDをむさぼる24インチ鱒の様に。

WATAKEのマテリアルとしての美しさと、表層の硬さと繊維密度の厚さとピスとのバランス等など総ての人達が現物を信じられないようで、これはプラスティックじゃないのかと驚き、とっかえひっかえ、食い入るように観察していました。

WATAKE材をペア初め、仲の良くなったフランク達に4本送ってやる事にしました。
特に研究熱心なペアは私のWATAKEの油抜きに大いなる感心を抱いたようで送ってきたら実験すると言って張り切ってました。
以前手に入れた日本竹“真竹”は私のWATAKEとは全然別物で、興味を覚えなかったとペア初め何人かが言ってました。日本竹総てがロッドマテリアルとして素晴らしいのではなく、私のWATAKEはスペシャルなのだと理解してくれたようでした。

まだ日本の竹の素晴らしさを世界のバンブーロッドビルダー達が知らないだけなのです。今後この会場にいたビルダー達を通じ、日本竹WATAKEがトンキン竹と並び世界を席巻する日が来そうな予感を感じました。ガンバレ日本!!
この日本竹WATAKEを世界に広める事が、これが今日まで竹竿で飯を食わせて貰ってきた世間への私の恩返しであり、大震災後の私の役割の一端だと思えました。

私も自由に他人の製作したロッドを楽しんで振らせて貰いました。先記の通りやはりペアの7’6”#3のクワッド四角ロッドはダントツでした。同じくペア作8’3”#4のスプライスジョイントのロッドも素晴らしかった。ローウェルの8’0”#4のクワッド、リーアンの8’0”#3の6角ロッドも印象的でした。わが弟子赤池正隆も負けていませんでした。


キャスティング広場にたなびく星条旗が、これまでに無く印象的で、何故か私が日本人であることを意識させました。



アメリカ旅1回目は此処まで。次回は7月10日にセレンディピティ/偶然の中から幸せを見つけ出す才能の話。今回はセレンディピティの連続する旅でした。