2022年10月23日日曜日

神鱒/ 北海道の秋釣り

 外れた狙い

 10月の8日から12日まで秋の北海道を釣ってきた。

 やはり北海道の秋釣りはあらゆる意味で難しい。

 北海道でもアメリカでもドライフライでしかやらない私達には秋の北海道釣りは厳しい。夏の北海道はドライフライでしっかり50アップの大鱒が取れる。鱒が更に大きく、強くなる秋鱒の剛力釣りはもっと楽しい。夏と比べ秋は釣り自体は渋くなるのだが、出るとデカイ。そんな秋鱒を狙って、北海道に行くのだが・・・・・・今年の希望の秋もやはり厳しかった。初日は大雪山の冠雪から始まった。

         

 天気は氷雨と強風に低水温。お目当ての奔放で豪快な北海道野生鱒は期待薄。渋〜い#18コカゲロウのソレも水面に張り付く様なライズばかり。午後2時間だけの初日は取り敢えず様子見。本命は全く姿を表さず。親友が小鱒1匹で終了。

 2日目から本番。いつもの様に地元T名人がガイド。しかしお目当ての下流域・本命場所は、水量がなく、本来大鱒が出てくる平瀬は、急増した釣り人の渡渉コースになってしまい、大物は出てくる気配全くなし。待っても無駄な様なのでフライを投げるが、咥えるのは35~40cm弱の若い姉ちゃん鱒ばかり。すっかり狙いが外れた私達73歳の同級生コンビは、釣り人の滅多に入らない上流部へ。数は少ない。しかし出るとでかい。そんなに上手く行くかいな?!

神様の聖域

 そこは明らかにヒグマの縄張り、山神様のおわす、神の聖域。

 風がザワザワと勢いを増す。天候は此処も同じ、初めから雨具の必要な氷雨に強風、間違いなく山神様の獣領域。先ずは急勾配降りのアプローチ。スタッフで足元を確かめながら、滑る泥の斜面と濡れた草叢と枯れ葉を踏ん張り、目を刺す枝を交わし、倒木の下を潜り、やっとたどり着いた野草の平地は湿った冷気が静かに漂っていた。 

 ここでお約束の大声での山神様へのお祈り。『神様〜悪い事は致しませ〜ん!!今日も1日遊ばせてくださ〜い〜〜〜‼️』加えて北大熊研のご推薦、お守り言葉 『ホ〜〜〜イ‼️ホイホイホイ!!』そして更に熊避けホイッスル。地元T名人がまず、手本を示す。ソレに続いて、私も負けじと大声で復唱する。これでいつも無事。若い連中には理解出来ない釣りの儀式である。この神聖で不気味なまでの森のエリアには、このお祈りとお叫びがドンピシャで嵌る。

 大蕗と大笹の深い藪、ケヤマ榛の木やクルミやドングリ、紅葉などなど、落葉樹の原生の森、滑る落ち葉と抜かる足元、苔むした岩を越え、老木倒木のジャングルをホーイホイホイを叫びながら、ホイッスルで存在を示しながら目的ポイントを目指し進む。腰の熊鈴も負けてはいない、「ジャンジャン、ジャジャン!!」20分程で対岸に赤い紅葉が見える。空間が少し開けた。

 足元は砂地・・・砂地に・・・・・獣の足跡?熊?・・・・・・いや、鹿だった。そこはわずかに陽が差す、長い荒瀬下の開き。名人お勧めの大鱒ポイントだ。数日前の偵察で名人が大鱒を確認してくれている。私も過去、夏に2度、大鱒に切られている。名人はこの場所で数回良いサイズを取っている。この場所での良いサイズとは45cm?いやいや、50cm???? まだまだ。その上の大鱒だ。



 ひたすら待つ釣り

 苔むした岩に腰掛け、ライズを待つ事約1時間半、ライズは水面直下の?マークでしか見えない水面の小さなヨレだけ。更に待った。待ちくたびれて2時間、我慢も限界、#18のPMD スペント・スピナーを結び、投げた2投目、掛けるがやはり35cmの当て外れ。その後更に一時間待つが大鱒の気配なし。
 見えるのはひたすら落ち葉と枯葉だけ。
 意を決して、場所を下流に移動。
 腰が痛い。滑る流れに、ただただ転倒を注意して進む。
 狙いは大きな二つの荒瀬が重なった下の開き。
 先ずは上流50mの中洲から目当ての水面を偵察。10分待ったが何もない。
 「今の内におりましょう」
 腰をかがめ、足音を消して、笹の茂みを下流に進む。懐かしい河原だ。
 T名人は岩に座り、私はスタッフに寄りかかりながら立って魚を待つ。
 対岸に美しい紅葉が張り出している。風は相変わらず冷たい。茶色の枯葉が舞って、水面に落ち葉の流れを形どる。上空は黒い木立が風に煽られている。揺れる度に枯葉が舞う。木々の向こうに見えるダークグレイの雲が足早に動いて行く。
 そこも2時間待ったが気配なし。これで2日目も終わる・・・と思った14時15分、出た!!
 明らかに50cmオーバー。口から背鰭までを見せる潜水艦の浮上の様な大鱒。
 私は後退りしながら、口に握り手をあて振り返ってT名人を見た。Tさんも無言で、・・・・出・た・ね、と言っていた。
 しゃがみ込んで、無言で2回目を待った。待った、まった、待った、しかしその後は全く何も起こら無かった。
 意を決して数投投げて見たがまったく何も起こらなかった。諦めきれず、その後も待ち続けたが、何も無し。その日はギブアップ。
 興奮冷めやらぬ中、ヨレヨレの爺様2人、冷えきった車へたどり着く。
 T名人の熱い番茶が旨かった。茶を啜りながら、私は言った。「後残り2日間、あの大鱒に賭けさせてください」と!!
 しかし次の日も状況は氷雨、強風、低温、に加え、落ち葉の流下量が半端ではなく、ドライフライの釣りは成立する状況では無かった。
 午後3時ギブアップ。
 その日は諦めて、大鱒のいるだろうスポットを想定して、プレゼンテーションの練習。透明度100%の流れへの、右へのダウンキャスト、ピンポイントのリーチキャストは難しい。岸際の障害物の下に必ずいるはずなのだ。その日はそれで終了。帰路の上流への渡渉は、爺様コンビはもう息も絶え絶え、「ホ〜〜イ!!ホイホイホイ!」の掛け声もヘロヘロだった。

 そして・・・

 そして最終日、入渓時お約束の釣り儀式は、それまで以上に気合を入れて、念入りにお祈り、いや完全な神頼み。
 『神様〜今日が最終日で〜す。悪いことは決してしませんので、どうかよろしくお願いしま〜〜〜す!!
 そして目当ての荒瀬の下へ。『ホ〜〜〜〜イ‼️ホイホイホイ!!

 待つ事1時間、今旅、初めて陽がさした。風の冷たさも昨日までとは違う、落ち葉の量もぐんと減った。気温も今までよりも幾分高い。何より良いのが昨日までとは違う柔らかな東風、この川の東風は釣れるのだ。良い事が起こりそうな気配。そこで早めに昼食。そしてまた待つ、待つ、待つ。ひたすら待ち続けて、やっと始まった#18コカゲロウの流下。
 それに合わせる様に、ゴボッっという音、12時15分。
 ライズだ。ライズだ!コカゲロウのダンかスピナーだ!!間違いなくライズだ!
 はやる気持ちを押さえ、2人で顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
 姿を気取られないように河原にしゃがんだまま次のライズを祈った。
 2分後、ちょっと右手でボコッ!!さらに1分後また別の場所でゴボッ!!
 それを待って私は石の川原をにじり寄った。
 膝で音を立てない様にしてにじり寄った。
 ロッドを低くし、静かに、ゆっくり、ラインを出した。
 出しながらフォールスキャスト。
 フォールスキャスト3回でストレートで1投目・・・・・ドラグ・・・流して切って、静かに左にピックアップ。
 2投目は距離を測ってリバースでカーブキャスト・・・・・水面に#18 PMD パラスピナーが着水・・・フライが流れて・・・・流れて・・・・・ビンゴ!!
 同時にラインが上流に突進した。

 神鱒

 ラインが走った瞬間、リールが叫んだ!!
 ロッドを立てながら、立ち上がった。
 リールがさらに鳴く!!
 ロッドを絞った。
 ロッドが曲がった。
 なんとか魚の突進を止めた。魚まで7m。
 いったん止まった魚がもがく、暴れる、もがく。
 更にロッドが絞られる、絞られる。
 両手で耐えながら、魚に近づく。
 近づきながら、リールのハンドルを高速で巻いた、巻いた、巻いた、巻いた。
 激しい抵抗に、ロッドを絞る。
 ロッドを絞りながら右手下側にロッドを構えた。ロッドがひん曲がり、ラインは上流荒瀬に逃げ込もうとする大鱒の剛力と荒瀬の水圧でくの字を描く。
 耐える耐える、耐える。
 ハンドルを巻き、緩め、巻き、出す。
 耐える耐える、耐える。
 その日の朝、念のため取り替えた新品のティペット4xには自信があった。それで耐えた。
 綱引きでも切れるはずがない。経験値がそう言っていた。それでハンドルを絞った。
 ロッドバットが限界近く曲がっていた。
 そこで魚の向きがやっと変わった事が、ロッドから伝わってきた、ロッドを右下でさらに絞りながら後ろに引いた。ロッドがさらに硬くなった。
 深緑黒の水底に動く物が現れた。
 こちらに少し寄ってきた。ロッドをさらに絞った。
 黒い物は大鱒だった。
 目が合った。合った瞬間、体を翻す大鱒が見えた。60cmはあるだろう赤い帯の雌の虹鱒だった。 
 鱒が動いたと同時に、私は右下に構えたロッドをそのまま引き絞った。
 ラインが急激に荒瀬の上流へ物凄い力で走った。
 絞った。耐えた。耐えた!!・・・・3回耐えて、その瞬間ロッドが大きくはねた。
 嗚呼‼️
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・言葉を無くして、立ち尽くした。
 ダメですか???後ろで声がした。
 ため息しか無かった。大きく息を吸い込み、動悸を落ち着かせた・・・・鱒の走った荒瀬を凝視した、サングラスの下の目が潤んだ。

 使ったロッドはホームリバー で60数cmの野生鱒を取った6'10" 4番 3pc のTROUT 用ショートロッド ROX6104-3。自作のロッドに自信はあった。4xの強さにも確信を持っていた。
 ロッドの捌きが敗因だった。冷静さを失っていた。大鱒を掛け、最初の突進を止めた時点からロッドを右下で構えた。水中を走る鱒に必要以上の抵抗感を感じさせない為だ。魚は頭を上に向かせられるのを極端に嫌がり、暴れる。ラインを送ったり、出したり、ロッドを下向きで対応する事で魚の暴れが確実に少なくなる、対大鱒の剛力をロッドで吸収、剛力をいなす感覚が必要なのだ。
 今回のミスは鱒の大きさに冷静さを欠いていた。最後の所でも、ロッドを右下で構えた事が敗因だっただろう。最後の走りの瞬間、ロッドを左側で、もう少し上、45度位の斜め角度で絞ってやれば・・・・・取れる確率が上がっていただろう。
 
 言葉を見つけられず、リールを巻いた。巻きながら、最後の深みを涙目で観察。水深は3m?私が構えた場所の右下、黒い水底に大岩がぼやけて見えた。大鱒はそれを巻いて、4xを引きちぎったのだろう・・・・。
 嗚呼‼️ ・・・・・後の祭りだった。
 数分後、名人と頷き合いながら無言の握手。
 改めて、「有難うございました〜〜。凄かった!!
 見守ってくれたT名人と山神様に感謝。
 一頻り興奮話で、盛り上がり悔しがり、もう一度溜息でその場面をしめた。

 2日後、福岡に帰宅してあの時使った 4xのティペット1mを両手で思いっきり引っ張って見た。しかし切れる事は無かった。改めて神鱒のパワーと6104-3 のポテンシャルに我ながら驚いている。

 今年の釣りは終わった。最高の大鱒ドラマで終えられた。
 シーズンで使った数本のロッドをオイルで磨きながら新しいアイデアの764TROUTロッドと来年は久しぶりに会えるだろうHenry's Fork 鱒20"オーバーに心が飛んでいる。
 10月20日、2022年のオフである。