2018年2月20日火曜日

作りたいロッド


此処数年頭の中にチラチラして来たロッドがある。
 そのロッドを今年具現化する事にした。
 切っ掛けは去年宮城の名手H君と話した時の事。

 H君は#4のバンブーロッドで、ドライフライだけで、35cm以上の大イワナやヤマメを年間2桁以上釣る凄腕の大物釣師。
 彼が2年前から北海道の大鱒釣りに嵌まっていて、その北海道用トラウトロッドの話になった時、彼が言ったのだ。
「ギリギリの大鱒釣をやりたいんですよね!」と。
 私は彼の言った意味を最初はひたすらデカい、例えば65cm以上の大物鱒を釣りたいと言ってる物と解釈し、話をしていると、彼の真意はちょっと違う様に思え始めた、というより言葉の少ないH君の言ってる真意が分からないまま、話す時間が無くなってしまったのだった。
 一旦途切れた会話だったが「ギリギリの大鱒釣り」と言った言葉が私のバンブーロッドビルダーの心のスウィッチをONにした。彼の真意はともかく、「ギリギリの大鱒釣り」という物語が自身の経験と重なり、面白げな物語として急速に膨らみ始めた。

 その昔モンタナの大物川ビッグホーン川をドリフトボートで釣った事がある。
 屈強のガイドが荒瀬川を上流から下流にボートを流して行く。良いポイントでボートを止め、ゲストが釣って行くスタイル。
 この日は川のコンディションも良く快調に釣れ、同乗した知人のゲストも大満足の釣が続いていた。ゲストに良いのが取れるとアシスタントガイドである私の役目もほぼ終了。ゲストの邪魔にならない場所で私もロッドを出した。

 ガイドがボートを止めた下流に20m幅の瀬頭の白泡、その下流に水深1m程の深みから
浅い荒瀬が30m程続いていた。
 間違いなく瀬頭の白泡周りに良いサイズ。只その日ドライフライではサイズは50cmまで。陽も上がりハッチも終わった午後、大物は沈めた方が良さそうだった。
この美形でも58cmしか無い。ロッドは794HF Special。ティペットは5xで取った。
白泡下に60cm以上の大物を確信した私は、釣欲から慣れないニンフ、フェザントテールを4Xのティペットに結んだ。
 私が手にしていたロッドは7’6”#4、2pcの自作の764バンブーロッド。
 このロッドの対象はベタの流れのHenry's Forkやスプリングクリークの50cmから上限53cm鱒。
 目の前の大物ポイントと手にしたロッドを改めて見たが、頭に浮かぶのは大きめの?マーク。
 しかし釣欲が勝った。そして第1投。
 振り切ったロッドティップ。少し遅れて鉛のフェザントテールが白泡の上端に上手く入った・・・しかし反応無し。
 2投目、3投目・・・何も反応がない。見込み違いか?
 4投目、赤いインジケーターが流れ始めて・・・50cm・・・・・・。
 赤の色が白泡の切れ目で突然水中に引き込まれた。
 ロッドを思いっきり起こす!!
 凄い手応え!!
 ラインが下流に水を切り裂いて走る。リールが叫ぶ。
 ラインが走る。更に走る。
 私の体がラインに引っ張られる様に下流に動く。
 リールの逆転を右手でサミング。まだラインは走る、走る、走る。
 走って走って10秒後ようやく764のバンブーが魚を止める。
 心臓の鼓動が聞こえ始めた。
 ロッドの先10mで数kgの塊が暴れるのが分かる。
 ロッドを起こすが塊は寄って来ない。寄るどころか下流に更に5m走る。
 ラインを直線に張ったまま私も流れを下る。もう1度ロッドを起こす。
 ロッドが満月の形で魚を止めた。止めたがまだ寄せられない。
 喉が乾き、脈拍が頭の中で鳴り響いている。
 ロッド満月のカーブをそのままに、じわり、じわりとラインを巻き取って行く。
 魚が走ろうとするのが分かるが今度は腰を落とし、走りを許さない。
 ロッドを両腕で支え、左に寝かせる。
 魚の位置を荒瀬から切ろうとするのだがびくともしない。其処で更にロッドを絞り、起こす。
 ロッド中央部フェルール付近のブランクが硬くなるのが手に感じられる。
 此処がロッドの極限だ。私の心臓も限界だ。
 バンブーロッドは極限迄曲げるとブランクが硬くなる。硬くなって極点を超えるとどんなロッドでも折れてしまう。
 その時の7’6”#4の鱒王ロッドフェルール付近がもう曲がれない極点に達しているのが私には分かった。魚が何とか流れから左の緩い深みに出て来た。しかし水底のファイトを耐えるのみ。ロッドティップが水面ギリギリ迄引きずり込まれる。
 心臓が張り裂けそうだ!!
 魚の距離迄7m。それを私が近づき5mまで何とかラインを巻いた。 
 しかしまだ届かない。それ以上ロッドを絞るとロッドが折れる。
 側に居たガイドが長柄のネットを水中に差し込み魚に近づく。
 ロッドが耐える、魚が浮く。
 ガイドが胸迄浸かり腕をいっぱい延ばしネットを差し出す。魚が浮いて・・・・ネットが掬う。
 BINGO!!
 荒い息と震える右手でガイドと握手。
 ネットの中に64cm 7ポンドの幅広肉厚、無傷のスーパーレインボウ。
 魚体をなでた私を彼女がギラリと睨んだ。
この鱒は北海道の荒瀬の63cm。7’9”#4HF Specialで取れた。ネットで掬えず浅瀬にずり上げて取った。
写真撮影を早々に終え、無事リリース。
 一段落した所でロッドに意識が戻った。
 ロッド全体を祈りながらチェック。全体の曲がりは問題ないのだが、数分前ロッドが硬くなったのが気になる。ランディング時、一番負荷の掛かるフェルール周り、ブランクを入念にチェック。するとフェルールの下、2cmの箇所、バットブランク2面に微かなクラック?いや間違いないクラック。
 ロッドは折れてなかったが、やはりロッドの限界を超えた大鱒のパワーだった・・・。
 
 右手にこの時のロッドが硬くなった感触が今でも蘇る。
 20数年の月日が流れても今もあの興奮をはっきりと覚えている。
 この時のクラックはロッドビルダーに取っては2度と無い貴重な経験と嬉しい勲章となった。

 話を元に戻そう。「ギリギリの大鱒釣り」とはこのビッグホーン川での釣の様なスリリングな釣ではないかと思ったのだ。
 使うロッドの極限迄追い込まれる様な大鱒との“ギリギリの釣”・・・それこそが一つの究極の釣の面白さではないかと思ったのだ。
 其処で考え始めたのが、今迄の逆。
 ロッドの必要な強さをロッドを短くする事で表現出来ないか。
 ロッドの長さを長くし、ライン番手を上げ、ブランクを太くし、ロッドを強くして大きい鱒を釣る。それがノーマルな大物竿の有り様。今迄のAKIMARU RODSの概念も同じ。


 可能な限り繊細な仕様で50cm以上の大鱒を取れるバンブーロッド。其処には“セイフティ・ランディング”と言う要素が間違いなく含まれており、更に言えばそのセイフティの意味には、“無難に”とか、“上手く”等の意味を含めていた。作って来たロッドに少しの自信もある。他者の評価も不満は無かった。
 あの名手ペア・ブランディンが私の7’9”#4  Henry's Fork Special  HEXAをして、ギャリソンの名作209と同じ感動を覚えたと絶賛してくれた。
 モンタナの大物をバンブーロッドばかりで釣る凄腕の写真家ジョン・ジュラセックのリクエストで作るNumber-5  HEXAは通常メニューよりもバットのソフトな、スローなNumber-5にしてくれとの事。それでマジソン川の荒瀬の60cmオーバーも取れるとジョンは言い切るのだ。鱒釣りの本場名手達も絶賛してくれる大物を“上手く” 釣るノーマルアクションのロッドは出来た。
 しかし物事が安定している時に敢えて異論を唱えるロッドビルダーが私の中にいる。

 この仕事を始めた時から、自分の作りたいロッド、私の釣で欲しいロッドを作り続けて来た。作り手が作りたいロッド、欲しいロッドこそが本物、そう信じて来た。
 26歳の時フライフィッシングと言う最高に贅沢な遊び=媚薬を幸か不幸か知ってしまった。私の場合更に面倒なのがバンブーロッド作りという麻薬業を37歳からライフワークにしてしまった。そして40年経った今更なる快楽を捜す強欲な自分が居る。
 偶々耳にした“ギリギリの大鱒釣り”、私は今迄30数年間やって来た作業の逆、ロッドを短くする事で “よりスリリングな“ “ギリギリの大鱒釣り”に挑戦してみたいと思っている。

 先ずは6’4”#4のHEXA・ヤマメ・イワナ竿で東北の40cm、同じく6’4”#4のHEXA・トラウトロッドで50cmオーバーのHenry's Fork 鱒を取る。その上で更にスリリングな6’3”#3で35cmアップのヤマメ・イワナに挑戦する・・・と長々と語りつつ、駄目元でOKの自分も居る。

“だってそうじゃん!!何事もやってみないと分からないじゃん!”

 アキマルが作るショートロッド乞うご期待!!