Last Chance
6月21日 翌日の釣り最終日22日は帰国荷物の整理で、早めに釣りを終える。それを考えるとこの日が真面に釣りをやれる最後の日。しかし私とChrisには夜6時から、癌で亡くなったFrankのお別れ会が入っている。それを考慮すると私が釣りを出来るのは夕方の4時半まで・・・・という事は、肝心の夕方のライズは時間的に無理、プラス約束している谷澤君にちゃんとしたHFのトロフィーレインボーを取らせないといけない。ほぼ自分の釣りは無理。予想では11時からハッチが始まるはず、そこで良いのを何としても一つ取らないと・・・・・・。
10時40分 ラストチャンス入り口。いつものバンク。まだ虫の流下は少ない。陸鴎もまだだ。風は良い。手前岸側から対岸上流向きの絶好の風。先日17日、対岸側ライズは全く確認出来なかった。風向きなのだ。風向きにより状況が 全く違ってくる。この日は絶好の風。しかし目的対岸のバンクに釣り人が1人、その下流側にも一人。流れには既にキャストをしている釣り人、ロッドは振っていないがライズを待っている釣り人数人が小さく視界に見える。まだ少し早いようだが、これで良い。
陸鴎がやって来た。お約束の11時20分だ。「谷ヤン行くぜ!!」
私達は流れを直角に進み対岸を目指した。目的の場所は先客がバンクに座っている。私達が流れ中央辺りにたどり着いた時、その男が立ち上がった。ライズを見つけたのが分かる。邪魔をしない間隔をとって上流斜めに向かった。対岸の手前、30mの流れで一旦立ち止まり、バンクの際を注意深く観察・・・・・ライズや魚が見えない事を確認して、対岸に上陸。バンクにたどり着いたときはもう鴎はいなくなっていた。自然は単純明快。虫の流下が20分程で終わったのだ。大丈夫又鴎はやってくる。
それから1時間再び、鴎飛来。チャンス。私は黙って立ち上がり上流の岸際に魚を探した。
帰国して約40日、谷澤君のロッドと同じ、804 HEXA 2pcを使っているJohn Juracek から連日届く、銀ピカのHF レインボーや美しいトロフィーブラウン。取った 20"UPのトロフィートラウトの数は30を超えた。上流に向かって静かにバンクの際をゆっくりと音を殺して歩く。バンク際上流数10m先の水面を見つめながらの魚探し。逆光の水面が白く輝く。虫の流下量はまだ本番には程遠いが、鴨が水面で虫を啄んでるのは確か。風は向こう岸からこちら側向き。虫はこちら岸に吹き付けられる。ライズは必ずある。ゆっくりと足元に気を配りながら、視線を上流30mの光る水面に。
10分が経ち、20分が過ぎた頃、岩が点在し、緩い流れが開いていくフラットな水面が見えた。その一番下の沈み岩周りを舐めるように流れる緩い筋。その水面が少し動いたように見えた。自ずと腰が落ちる。谷ヤンは50mほど下流。
約束
私はバンク草叢に腰を落とし、その怪しいスポットに視線を絞った。
逆光の白い水面が眩しい。まだ沖目に鴎も見える。1分がすぎた。2分が過ぎた。3分、水面に変化はない。間違いか???ゆっくりと立ち上がった。そこでもう1分・・・・諦め掛けた時、白い水面に黒い丸い影が1度、2度現れた。魚だ!!間違いない。
「谷ヤン!!」谷澤君に小声で合図を送った。走ろうとする彼に「走るな!!ゆっくり!!」
谷ヤンが私の右横に座った。ライズの方向を指差した。数秒後またしても水面に黒い影が盛り上がった。
「わかりました!!でかいですね」
「でかいね。これが見せたかったんだ」「何処からやりたい?」「何処からが良いですか?」
「じゃね、僕だったら、魚の位置より若干上に立つね。ちょっとダウン気味のクロスだね。アップだと手前のレーンに絡むと、ドラグが気になるからね」
「ここから20mほどトレイルを静かに、ゆっくり下に歩いて行って。そこから音を立てないように流れに入って。それから一旦直角に沖目を目指して。魚の位置を確認した上で、魚の流れの筋から3、4本沖目の筋を上流に進んで。なるだけ波や音を立てずに、ゆっくりゆっくり、自分の距離まで進んで」
谷ヤンが動き出した。「音を立てるな!!ゆっくりよ」そう言いながら視線は魚の水面を捉えていた。又出た。間違いなく良いサイズだ。フラブのスペントだ。
『フラブ?あのフォームからするとダン?!いやスペント?』
5分後、谷ヤンが右手視界に入った。ライズは・・・又出た。魚にスイッチが入った。これはいける。「谷ヤン、其処で良いか?遠くないか?」『大丈夫です』手をあげて合図があった。
「フライはフラブですよね?」
「そうフラブのスペント。14か16のスピナー!!」「1投目よ。1投目が大事よ、気をつけて」
谷ヤンのキャストが始まった。Rodは 8’0” 4番 2pc HEXA 。4番のラインが伸びる。
ラインが解き放たれる・・・・ラインが延びて・・・・毛鉤が魚のポイント上流1m、魚のレーンにふわりと着水するのが見えた。
私も背伸びをするように毛鉤を追った。
毛鉤が流れた。静かに流れて行った・・・・そこだ!!・・・・しかし毛針はそのまま下流に流れていった。
OK OK 今ので良い。良いぞ。
『入ったけどな?もう1回』
毛針が水面を離れ、ラインが再び空中を舞い出した。
ラインに気持ちスラックを入れ、投射、そして毛針が目的の魚の筋にフワリと落ちた。
魚から1m上流、毛針が流れ始める・・・・・10 cm・・・・・・20cm ・・・・・30cm・・・・・・・50cm ・・・・・80cm・・・・流れて、流れて・・・・ビンゴ!!
谷ヤンがロッドを煽った、魚が乗った!!ラインが張った!!
アッ!! 思わず叫んだ・・・・・・・・・・・切れた・・・・
・・・・・・自分のミスに呆れた谷ヤンが両膝に両腕をついた。
私は両腕をあげたまま後ろの草叢に倒れ込んだ。
再び喉から声が飛び出た アーー!!
『・・・・・・・』 谷ヤンが両膝に手をついたまま起き上がれない。
私は暫く、声を掛けるのを意識的に我慢した。
5分ほどして谷ヤンがリールを巻き始めたのを見届け声を掛けた。
「デカかったな〜」「ですね・・・」
「合わせが強過ぎやん。興奮しとったろ。普段あんな合わせは絶対せんのにな」
『・・・・・』
「気合が入り過ぎやね。切れたの?」
「5xの結び目から切れました。スペント。ドンピシャだったんですけどね」
「クッソー!!食ったのにな〜」・・・・・バンクまで帰って来た谷ヤンの肩を叩きながら、次を即した。
もう1匹スウィッチの入ったライズを見つけた。それも谷ヤンがだいぶ粘ったが水面が爆発する事なく30分ほどで諦めた。その後近くで釣っていた永田さんが目の前で瀬の良いサイズを掛けた。その取り込みのロッド捌きを師事しながら、ネットインした魚を写真撮影。岸辺に引き返す時に、愛用の木製ウェーディングスタッフが無いのに気がついたが後の祭り、写真撮影をしている間に紐が解け流されてしまったのだ。諦めてロッドを立てかけている岸辺に戻る。
そうこう、しているうちに鴎もいなくなり、流れの騒つきは無くなった。「谷ヤン、ライズも止まったし、時間もあまり無いから、向こう岸まで行って、向こうで釣ろうや」「ですね」時刻は既に4時前だった。
日常のストレスから解放されると、人はこんなに幸せに慣れる。アシュトンで釣りまくった日本の若者。頼むぜよ未来の日本のFly Fishing を!!ブリーズが頬を撫でる。何処までもぬけているお約束のアイダホの青い空と白い雲。水の冷たさが心地良い。10分ほどかけて対岸に。
残り数mで対岸。すると左後ろで何か様子が変。振り向くと谷ヤンが空を見上げ、ボロボロと涙を流していた。
「どうした?」声をかけながら彼の涙の意味がわかった。
私も涙を堪える事が出来ず貰い泣き。その間に谷ヤンの涙は嗚咽に変わった。彼の背中を軽く叩き、撫でた。
腕で涙を拭いながら、彼が私の顔を見て更に泣き笑いになった。私も笑い泣いた。
ひとしきり泣き終わった谷ヤンが言った。
「ありがとうございました。・・・・悔しいです・・・・・」と。
又一人聖地 Henry's Forkの洗礼を受けた若者が増えた。谷ヤンもやっと本物のFly Fishingに出会えた。彼の釣りも人生もここから改めてスタートする事だろう。私は約束の半分を果たした。
ラスト最終22日、Henry's Forkは日本の来訪者に最後に何を見せてくれるのか?楽しみである。
やはり聖地 Henry's Forkはコロナに負けずに、天国そのままで、4年前同様、其処にあった。(この話を書いてる時気がついた。この日の谷ヤンの泣き顔を写真に残しておくべきだったと・・・・・残念😢)
次回ブログは旅のまとめとバンブーロッドの話、これで最終話です。乞うご期待。